スペインに関すること、映画、本などの話題。バルにいる気分で気軽に読んでほしい。


by bar_madrid
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更新再開!

ずっと、更新できずにいた。
忙しかったこともあるけど、ちょっとブログに飽きていたこともある。
少しちゃんとした文章を書きたくなり、また再開しようと思う。
んで、タイトルの変えることにした。
「退屈な生活は最高の復讐である」。
これはカルヴィン・トムキンズの有名な本のタイトル
「優雅な生活は最高の復讐である」をひねったもの。
ま、とりあえずはこんなものか。

ではまた近日中に。

つづく。
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# by bar_madrid | 2009-11-15 21:04 | 多事騒論

2007ベスト本。

今年もいろいろあって、スペインやらフィリピンやらにでかけて、 そのうえ名古屋に赴任したりとバタバタだった。 で、そんななかで読んだ本についてまとめてみたい。 いわゆる今年のベスト10みたいなものだけど、 自分のこの一年の傾向というか趣味がでているかもしれない。 *文庫で新しくでたものも対象としている。*順不同。


◎船戸与一『満州国演義』シリーズ1巻・2巻(新潮社)
→もうすぐ第3巻が発売される。やはり船戸節はたまらない。

◎石井光太『神の棄てた裸体』(新潮社)
→文章は若いが対象への迫り方は素晴らしい。

◎早見慶子『I LOVE 過激派』(彩流社)
→コレは今年いちばんの収穫。

◎日名子暁『マニラ好き』(太田出版)
→あくなき探究心とすけべ心に敬服。

◎高山文彦『エレクトラ』(文藝春秋)
→人物を描かせたら今、高山文彦がいちばんだろう。

◎川成洋他編『スペイン内戦とガルシア・ロルカ』(南雲堂フェニックス)
→最近のスペイン関連の書籍では、必読の1冊。

◎帚木蓬生『聖灰の暗号(上)(下)』(新潮社)
→カタリ派をテーマにしたものでは、『オクシタニア』につづくもの。

◎森達也『ぼくの歌・みんなの歌』(講談社)
→森氏の本のなかでは個人的にいちばん好きだ。

◎吉川潮『千秋楽の酒』(ランダムハウス講談社)
→この「芸人小説コレクション」の発刊は事件です。ビバ!吉川先生。

◎吉田秋生『蝉時雨のやむ頃』(小学館)
→これは新刊のマンガだが、やはり吉田秋生っていいよな〜。

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# by bar_madrid | 2007-12-17 03:59 | CASA DEL LIBRO
名古屋といえば<大甚本店>である。なんていっても今年で創業100周年だから店に風格がある。といっても気軽に入れる街場の居酒屋だ。壁にはなつかしい柱時計がかかっている。店内は長方形のテーブルがいくつかあり、客は小皿にもられた肴を自分で取ってくるシステム。あなご、ポテトサラダ、おひたし、鰻、厚揚げ、いかの煮付けなんていう何気ない辛党むきのうれしい料理が揃っている。酒はビールと日本酒。焼酎がないのが痛いが。冬は鍋もある。豆腐、葱、鶏肉、白菜、牡蠣が入っていて薄味で実にうまい。刺身も注文すれば持って来てくれる。ながい時間をかけて店と客たちがつくりこんだいわく言いようのない雰囲気がこの店にはある。そんな場所に紛れ込んでいるのは本当に気分がいいもんだ。名古屋に、大甚本店あり、なのだ。

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# by bar_madrid | 2007-12-14 14:30 | 酒場巡礼

お知らせ。

え〜、来週から名古屋に赴任することになりまして、といっても来年3月までですが、今後は名古屋からのUPになります。小生の不思議な街・名古屋の報告でもしていきたいと考えています。名古屋の老舗居酒屋<大甚本店>にもちょくちょく行けるし、お気に入りのBAR<C-lio>も近いし、ちょっと楽しみ。



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# by bar_madrid | 2007-12-02 04:43 | DIARIO
あの熱気と喧噪のマニラに滞在した日々からだいぶたっている。しかし、その時間は自分の奥にしっかりと刻みつけられている気がする。また近々、あの街を歩いてみたいと考えている。フィリピンはスペインに統治占領されていた長い歴史がある。それゆえにあちこちにスペインの影を見つけることがある。それは言葉だったり、地名だったり、キリスト教だったり、食だったり、さまざまだ。アジアの国でフィリピンを気に入った理由はこの国のなかに自分の好きなスペインのさまざまな光と影を見ることができるからだ。そしてそれはフィリピン文化によってさまざまな変容をとげて僕等に屈折したスペイン文化の有り様を教えてくれる。つまりフィリピンというレンズを通してスペインという国を眺めてみるという視点だ。スペインの黄金時代を支えた植民地フィリピン、その国名からしてスペインの血をひいているのだから、非常に興味深い。そしてそれは、日本、アメリカという大国に支配されていたこの国の重層的歴史を捉え直すことにもつながっていくと思う。アジアからスペインを見るというのは、まんざらハズレじゃないんじゃないかと考えている次第。ついでに言うとこの国のスペイン料理は安くて美味しい。かなりオススメです。

*そういえば先日、国会議員と軍の一部によるペニンシュラ・マニラ・ホテル立てこもり事件がマニラで発生。う〜む。やはりマニラはエキサイティングだ。


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# by bar_madrid | 2007-12-02 04:38 | パロパロ!フィリピン
マニラでのランチは、エルミタのジョリビー(フィリピンのファーストフードチェーン)でバリューセットか、ホテル近くの安食堂の45ペソの定食。地元の人が食べる食事をして、サンミゲルを飲む。これぞ正しい旅人の食事だ。どれもメインはチキンで、チキン好きの自分としては実に満足な食事。安食堂のおじさんとも仲良なって、よくここで食事をとった。そのうち仲良くなったポン引きのマンディともサンミゲルを飲みながら、昔のマビニの様子などを話してもらった。こうして何気なく過ごしていると、何とも不思議な居心地のよさがある。

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# by bar_madrid | 2007-10-24 14:17 | パロパロ!フィリピン
日々の仕事という名の牢獄を抜け出て、休暇という逃避を実行にうつして、成田空港に着いた時はやはり開放感があった。人間、仕事だけしてていいワケない!のだ。空港のフィリピン航空のカウンターはいつものようにすごい人だかり。ここからあのアナーキーなフィリピンスタイルが感じられる。しかし、列はいつまでたっても進まない。いい加減にイヤになる。と、あるオジサンが「ひとり?だったら僕等と一緒にチェックインしたらいい」と話しかけて来た。奥さんらしいフィリピン人の女性も笑顔で手招きしている。こりゃ、ラッキー!とさっそくビジネスのカウンターで手続きをすませる。どうやら仕事でマニラに行くらしい。本当にたすかった。旅のはじまりからいい感じだ。

フィリピン航空のエアバス機はそれほど遅れることなく離陸。ビールを飲みながら、iPODで音楽を聞いていると睡魔が。で、起きたころにはエアバス機は着陸態勢へ。飛行機のドアが開いた瞬間のモア〜という空気に触れるとフィリピンに来たという実感がし、不思議と元気になっていく。荷物がでてくるのに時間がかかりいささかうんざりしながらも両替をし、空港でホテルタクシーを頼んでクルマの来るのを待つ。親切な夫妻にココでまた会い、お礼を言って別れる。タクシーに揺られて20分ほどでマラテのマビニ通に面した<エグゼクティブ・プラザ・ホテル>に到着。9階の901号室にチャックイン。繁華街というか歓楽街の中心にあるホテルだが、その喧噪もマニラに来たという実感を与えてくれる。5千円ほどの中級ホテルだが、部屋もそこそこきれいで問題はない。

シャワーを浴びて着替えた後、さっそくマニラの街の探索を開始。いままで仕事で何度も訪れた街だけど、ゆっくり街を見てまわるのは初めてだ。短パン、Tシャツ、サンダルのスタイルでホテルを出る。と、すぐにポン引きが寄ってくる。このわずらわしい人種どもをかきわけて通りをエルミタ方向へブラブラ。午後の日差しが強烈だ。でも、不思議と心地いい。マビニ通りはかつては歓楽街として栄えたが、市長の選挙がらみの美化作戦で壊滅的に。すこしは活気が戻ってきたが、昔を知る人にはまだまだらしい。なにやらいかがわしい店や、安食堂、両替屋、食材店、コンビニ、露店などが渦巻くように乱立している。これがマニラだよなぁ〜。




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# by bar_madrid | 2007-10-23 08:14 | パロパロ!フィリピン

『プライド in ブルー』

なんだか久しぶりにかき込む。先日会った友人H君に「ぜんぜんブログ更新してないじゃん!」と言われてしまった。実にそのとおり。mixiには日記を書いているのだが、ブログの更新もしないとね〜。

で、最近何をやっていたかというと仕事が一段落して、時間ができたのをいいことにマニラに怪しい旅にでていた次第。このことはまた後で書こう。

さて、先日、渋谷の<ル・シネマ1>で、友人の映画監督・中村和彦監督の新作(今回はドキュメンタリー映画!)を友人H君と共に観て来た。『プライド in ブルー』という映画。どういう映画かというと、知的障害者のサッカーのW杯日本代表のドキュメント。いままでサッカー日本代表のDVDをいくつも制作してきた中村氏の念願の企画だ。しかも、今回、この映画が文化庁の優秀映画賞を受賞した記念上映なのだ。これは駆けつけないといけない。で、喫茶店でH君と待ち合わせていたら、偶然にも中村監督と邂逅。しばし話した。思えばこの映画も難産だったワケで監督の苦労もこれで少しは報われたというものかもしれない。

映画は、声高に知的障害者についてメッセージする説教型の福祉映画ではない。健常者と同じようにサッカーというスポーツに取り組む青年たちと家族を中心に描いていく、青春映画ともいえる。サッカーを通じてさまざまな小さなドラマが生まれていき、それをさりげなく映像に焼き付けて行くことを監督は選択している。サッカーの撮影に慣れている中村氏の演出には驚きはしなかったけど、僕はこの映画のなかで、ある選手とその恋人のシーンが実に印象深かった。このシーンに僕はいちばん映画的なものを感じたし、恋人たちの会話と表情はこの映画を確実に豊かなものにしていた。恋人との生活を選ぶことにし「サッカーをやめようと思う」とつぶやく青年の顔は、この映画をただのスポーツの記録映画ではなく、人間の表情を切り取った映画が映画である決定的な時間を観るものに感じさせる。このシーンを見ただけでこの映画は価値があるというものだ。この映画は予算のないなかで、照明や音響などの細部に不満はあるが、〜それとてこの映画の価値を低めはしないだろう〜中村和彦というどうにも不器用で個性的な監督の新たな展開を示しているとひとまず結論づけよう。あまり先入観をもたずに普通の映画として観るといいだろう。そういう映画だ。そして今後、劇映画に復帰した新作をいちファンとして待ち続けたいと思う。

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# by bar_madrid | 2007-10-23 07:26 | 映画が目にしみる
今年の1冊はコレかな。というぐらいこの本は面白かった。なにも宮崎学氏によるヤクザ擁護の単純な本ではない。ヤクザというわれる集団が歴史的にいかに発生し、社会の変貌のなかで変化していったかを社会学的にしっかりと論じたかなり硬派な1冊だ。この社会というものは何も一般民衆といわれる人間たちだけで成立しているワケではない。ヤクザと呼ばれる集団、組織が、一般社会からドロップアウトしたり、さまざまな差別により行き場のない人間たちを吸収し、彼らに「生きる場」を提供してきたことも事実である。山口組の発生においても神戸の港湾労働者の下層社会から発生し、彼らをまとめあげていく、下層労働者の現場への提供と調整という役目を負っていた。そして、そこに集まったものの多くは、披差別部落出身者や在日朝鮮人が多数をしめたことでも、戦後社会における独自のそれは存在意義がある。それは差別される側の歴史の片隅のなかで、必然的に生み出されたものだったことは、重要なことだ。(つづく)



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# by bar_madrid | 2007-07-04 12:09 | CASA DEL LIBRO

いま、名古屋が暑い。

いやー、暑かった。何がって、名古屋が。京都の夏に似ているらしいけど、どよ〜んとした独特の暑さだ。半袖のYシャツでよかった。汗が吹き出るような暑さだった。でも、街を歩いていて、街の空間が広いためか、道路も広々してるためか、不思議に圧迫感はない。このゆるやかで、どんよりしてる空気が名古屋独特のものなのだろうか。隙間というか、余白というか、名古屋には徹底されていない、ちょっと中途半端な部分があるように思う。それは悪口ではなくて、この街の魅力のひとつにもなっている。東京のスピード感と人間を追い立てるようなプレッシャーは名古屋には少ない。このどっちつかずの中庸なかんじって、けっこう貴重なのかもと思った次第。名古屋も奥が深いよね。不思議な街です。
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# by bar_madrid | 2007-07-04 01:07 | DIARIO

<スイカラム>の季節。

南麻布に密かに存在するBAR。それが<flask>。清潔で凛とした空気とほどよい南国のゆるい空気がMIXされている。元<ケセラ>のバーテンダーのエノチンがオープンさせた店。ある夜、久々に顔を出すと、「スイカラムできますよ」と言われた。あぁ、今年もそんな季節になったのか。初夏の季語ともいうべき至極のカクテル。角切りにしたスイカをベネゼイラのラムにひたして、絶妙な段階まで冷凍庫で冷やす。すると、シャキシャキとしたスイカにラムがしみ込んで、何とも言えない食感と香りが。スイカをひとつひとついただき、時にラムを飲む。なんとも複雑で香り豊かなカクテルなのだ。この1杯を飲むと「夏が来たな」と思う。夏を告げるスイカラム、いいですよ。


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# by bar_madrid | 2007-07-01 10:32 | 酒場巡礼

久々の中丸節。

スペインに惚れて、耽溺し、淫した作家である中丸明氏の久々の新刊がでた。文春文庫から『スペイン、とっておき!』が発売になったので、早速読んだ。相変わらずの中丸節を堪能。ただ、いつもと違ってやや薄味だったのは、残念。もっとスペイン濃度の高い1冊を待っています!でも、スペインものをずっと書き続けている中丸氏は貴重な存在だ。


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# by bar_madrid | 2007-06-30 10:53 | CASA DEL LIBRO

コロッケ・バル。

サラゴサで美女バルにうつつをぬかしながらも、やはりバルの王道は親父バルであることに変わりはない。親父の無骨な手がビールを注ぐ、親父の声が厨房に響く。親父の太い手がレジをたたく。マドリッドでガイドをやっているK氏のおすすめのバルに行ってみた。場所はソルの近く。ココは、クロケッタ(コロッケ)専門のバル。入口脇でコロッケを買ってから、カウンターで飲み物を注文。クロケッタには冷えたビールが似合う。クロケッタにはバカラオ(タラ)が入っていて、これがうまい。単純だけど、うまい!熱々のクロケッタとちべたい!ビールがあればもう至福である。こういうバルが人々で一杯になって変わらず繁盛している。マドリッドという都市の奥の深さを感じるものだ。


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# by bar_madrid | 2007-06-30 09:07 | スペイン

キノコ・バル。

さすらいのバル探検隊は、美味なるものを求めてサラゴサの路地を彷徨う。そこで出会ったのがキノコ(チャンピニオン)専門のバル。でかい鉄板でキノコを焼いている。なんとも神々しい光景に喉が鳴った。まずは、セルベッサを注文。そして、もちろんキノコも。ここのタパスは、バケットのスライスを土台にして、その上にキノコが4つほど重ねて串刺しに。いちばん上に小エビがちょこんとのっている。キノコの傘の部分にはたっぷりオリーブオイルが。そして大蒜のほのかな香り。傘にたまったオイルを落とさないように口に運ぶ。かぶりつくと至福の味覚が。はぁ、こんなジューシーで大地の香りたっぷりのキノコは食べたことがない。恐るべし、サラゴサのバル。



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# by bar_madrid | 2007-06-27 09:31 | スペイン

サラゴサの美女バル。

マドリッドでうろうろしてたワケだけど、今回はマドリッドとバルセロナの中間にある、サラゴサという街で、知人のスペイン人のホルヘに会うという用事もあった。サラゴサというと噂によると旨い海鮮バルがあるという。これは行かねばなるまい!ということでアトーチャ駅からAVEに乗って(ビジネスクラスで、だ)サラゴサへ。1時間半で到着。タクシーで旧市街に行って、さっそくホテル探し。サラゴサは来年、万博が開催されるので、奇麗な街のなかにも不思議な活気がある。ホテルは50ユーロほどの中級クラスにチェックイン。ホルヘに電話して彼のオフィス近くで会って、いろいろサラゴサの情報を聞く。ホルヘと別れて、ホテルでちょいと休憩。夜に備える。そして、まだ明るい8時過ぎに出陣。ます観光案内所でMAPを入手。おいしいバル街の場所を聞いて歩いて探す。これがなかなか見つからない。う〜む。あっちこっち歩いてバルの匂いを探し求める。と、なにやら賑やかな音が。狭い路地の果てに、めざすバルの灯りが。おお!これが有名なサラゴサのバル街か!さっそくあちらこちらのバルに入ってビールでタパスを味わう。何件か出入りすると、なにやら違和感が。そうこのサラゴサのあちこちに、スペインならではのオヤジバルならぬ、<美女バル>があるではないか。可愛い女性が黒のタンクトップなんて着て笑顔を振りまいてる。こ、これは!いままで知らなかった新しいバルの魅力だ。旨い酒、タパス、そして美女。他になにも言うことはない。実にもう幸せ。至福の時間を過ごして満足。このような<美女バル>のほかに、タパス自慢のグルメバルや、おなじみオヤジバルもあって、サラゴサのバル事情は、多彩で変化があり、バル好きには楽しめる魅力がいっぱいだ。ビバ!サラゴサ!!

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# by bar_madrid | 2007-06-27 07:14 | スペイン

2年ぶりのスペイン。

10日間ほどだけど、スペインに行ってきた。駆け足のあわただしい旅。仕事が暇になったので、急いでチケットをとってKLM機に乗り込んだ。久しぶりのアムステルダム・スキポール空港はいい。開放感があって、移動に伴う高揚感をしっかり増幅してくれる空間だ。さて、いつものようにマドリッドのバラハス空港に降り立って、迎えに来てくれたKさんの家族に「ただいま!」と握手。またまたお世話になります。今回はマドリッドでのんびりと時間を過ごした。まぁ、疲れていたこともあるけど、いろんな人に会って、久しぶりのスペインをカラダ全体で感じてみた。まずは、ユーロがどえりゃ〜高くなった。円がどうしようもなく弱いということでもあるけど。普通の定食が円換算で1600〜1800円というのは、泣けてくる。バルでセルベッサ(ビール)を飲んでも300円以上はする。勝手な思いだけど、自分の知らないうちのスペインの変化を財布で感じてしまった次第。マドリッドでは、観光業や飲食業で働く知人やスペインに来ている友人たちとバルをはしごして話した。またマドリッドで少年サッカーの指導をしているI氏ともゆっくり話せた。そうそう、滞在中にレアル・マドリッドの奇跡のリーガ優勝なんて事件(!)もあって、面白かった。(つづく)
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# by bar_madrid | 2007-06-27 06:52 | スペイン

『沖縄密約』

先日、大井町で同じ業界で仕事をするH氏と飲んだ。その時「ブログぜんぜん更新してないじゃないか!」とおしかりを受けた。そういえばもう2ヶ月も更新していない。言われて当然か。更新できないならやめればいいのだ。グダグダしてる時間があるなら、書かないとな。mixiでは簡単な日記を書いているけど、それだけで満足していてはイカン。というわけで、ココではわりと真面目なことをちゃんと書いていこう。
で、その大井町の<大山酒場>で飲みながらH氏といろいろ話したのだけど、やはりこの日本の今の危うさってのは、かなり本気で意識した方がいいんじゃないかということ。ネット右翼のはびこるのは仕方ないにしろ、なんだか皆がどんどん今のアベシンゾー的な動きに流されて、「しょうがないか」という漠然とした思いのままに生きているような気がする。鈍感さをそのまま生きていく術のように勘違いしてしまっているのかもしれない。やはり僕らみんなが疑問をもつ力ってのが減退してるんだろう。このような精神風土の果てには何か不吉なものが待っているような気もする。かつてあった精神の自由な領土がいつの間にか占領されてしまっているような状態だ。自分だけで考えていても何の力もない、と思うのだが、岩波新書の新刊、西山太吉『沖縄密約』を読んでみると少しは励まされるはずだ。国の嘘、情報犯罪と戦うってことはこういうことなのだろう。沖縄返還時における日本側の巨額負担という日米の密約。それを暴いた記者であった著者が逮捕されるという事件。この本は、いかに国が嘘をつき、国民をだましてきたか。そしてそれを巧妙に隠蔽してきたのかを明らかにしている。誰にでもできることではないが、こういうこともしっかり知っておくべきだろう。日米の歪んだ同盟の原点がここにある。メディアが権力志向になっていっている今だからこそ、この本は多くの人に読まれるべきものだと思う。


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# by bar_madrid | 2007-06-08 00:59 | CASA DEL LIBRO

『アヘン王国潜入記』

ミャンマーの反政府ゲリラ支配区のワ州に、 単身滞在してケシ栽培に従事した 辺境探検家・高野秀行の傑作である 『アヘン王国潜入記』がついに文庫化。 これは単行本でも持っているけど、文庫でも入手した。 ケシ栽培しながら少数民族の生活に深くわけいり、 ついには著者自身もアヘン中毒になってしまうという 実にスリリングにしてユーモアもあり、 「そこまでやるか!」というルポルタージュの奇書。 超オススメの1冊と書いておこう。
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# by bar_madrid | 2007-04-02 11:44 | CASA DEL LIBRO

『IRODORI』

今年1月にフィリピンのセブ、ボホール、マニラでロケ撮影してきた写真集が、いよいよ4/20に角川マガジンズから発売されます。モデルはフィリピン親善大使の杏ちゃん。撮影は映画「さくらん」が話題の蜷川実花さん。フィリピンの原色の世界が広がる素敵な写真集です。是非、ご注目を!


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# by bar_madrid | 2007-03-26 01:25 | パロパロ!フィリピン
ずっと占領時期のGHQ内のG2とGSの対立の問題には関心があった。軍閥に支配された帝国主義日本をいかに解体し、民主主義の国にするか、そこにニューディーラーたちの実験があったともいえる。理想主義的な学者や外交官らがGS(民政局)を中心に活動し、やがて反共のため日本をその防波堤にしようとするG2と決定的に対立し、その戦いに破れて去って行く。そして、日本は反共の砦として再度武装していく道を選ぶことになる。同時にその時には世界的にマッカッシーを中心にした赤狩りの嵐が渦巻いていた。そのなかで、軽井沢に生まれた日本学者であり、カナダの外交官であった一人の男が、運命に翻弄されてエジプトのカイロでその命を散らすことになる。ハーバード・ノーマンという男は、日本の占領政策の中心にいて、天皇の戦争責任についても冷静に判断し、その後の日本の透視図をつくりあげていたはずだ。しかし、彼の知性をしても、奇々怪々な政治の世界を泳ぎきることはできなかった。「赤」というレッテルを貼られて、運命に身を委ねて行くしかなかった。工藤美代子の労作『スパイと言われた外交官 ハーバード・ノーマンの生涯』は、貴重な1次資料にあたってノーマンの生涯をていねいにトレースしていく。それは国際政治の場でのあやうい綱渡りを追体験する行為であり、あの時代の知性の在り方を問う試みだ。
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# by bar_madrid | 2007-03-11 16:27 | CASA DEL LIBRO

『右翼の言い分』

やっとゆっくり時間ができたのでたまっていた本を読んだ。そのうちの1冊が宮崎学『右翼の言い分』。これは面白い。普段、自分とは関係ない思考の持ち主だと敬遠している分野なのだが、この時代の激しい変化のなかで右翼の人たちも、岐路にたっているのが理解できた。それは反共というわかりやすい目標が崩れ、敵失のなかでその運動の原動力を失ったことである。また、それとともに「アメリカ」という国をどう捉えるかが大きな問題になっている。本来、愛国と親米は相容れないはずが、反共という前に、右翼のなかでは不思議な共存をしてきた矛盾が、いま、問い直されようとしているワケだ。戦後50年以上たっても米国の属国として存在していることを愛国者としてどう認識していくか?アメリカの世界支配をどう考えるか。それが新右翼と呼ばれる団体にいま、問われている課題だ。また共謀罪などの警察の異物排除の思考とどう対抗していくか。企業からの金に頼らずにどう経済的に運動を継続していくか。そして、ネット右翼に代表される雰囲気のなかで先鋭化する右傾化勢力とどう折り合いをつけるのか。いくつもの問題が、新右翼を結果的に試すことになっている。一水会や護國團の主張は、かなりラディカルであり、共感する部分があった。
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# by bar_madrid | 2007-03-11 14:42 | CASA DEL LIBRO
人間は忘れてしまう生き物である。だから、生きて行けるとも言えるが、やはり忘れてはいけない、風化させてはいけないこともある。『隠された証言 日航123便墜落事故』(藤田日出夫/新潮文庫)を読んで、その思いを新たにした。

先日のTBSテレビで再放送された『ボイスレコーダー』というドキュメントとドラマを融合したような番組の原作となった1冊だ。このなかで、僕が知らなかった事実がしっかりした検証のもと明らかにされている。あの大事故について、僕は何もちゃんと考えていなかったことだけは事実だ。藤田氏がここで述べていることは、簡単に言うと以下のようなことだ。

(1)救助活動の意図的な遅れ。
防衛庁などは事前に墜落場所を知りながら、わざとマスコミや地元消防団などをミスリードして墜落現場に行くことを遅らせた。また米軍のヘリによる救助もなぜか拒絶している。

(2)圧力隔壁は事故原因ではない!?
圧力隔壁が事故の原因ならば、機内に猛烈な急減圧が起こったはずだが、123便にそのような急減圧が起こったとはいえない。生存者の証言もそれを証明している。パイロットも酸素マスクをしないで操縦していることも事実。これは急減圧時には考えられないこと。

(3)事故調査の不徹底と事実の隠匿。
事故調査委員会は、アメリカの調査結果に引きずられるように「圧力隔壁破壊」説に原因を求めて、さらなる検証を怠り、調査資料の焼却などで隠滅を計り、継続した事故調査を放棄している。また事故現場である相模湾での垂直尾翼の回収を事故調はその必要性がないとして実行していない。この事故は、垂直尾翼の破壊によって起こっている。その原因が圧力隔壁にないとすれば、原因は垂直尾翼そのものに起因すると考えるのが普通だろう。それはB747型機の構造的な欠陥につながるかもしれない。だからこそ、隠匿している可能性もある。なぜなら統計上、ジャンボ機は事故発生率の高い機体であるからだ。

現役パイロットだった著者の疑問、問いかけが、新たにこの大事故のさらなる悲劇を照らし出している。それは真実の隠匿ということだろう。520名もの生命を奪ったものとは何だったのか。なぜそれは曖昧なうちに幕をひかれてしまったのか。まるで霧のようにこの事故を覆い隠すものは何なのか。当時の運輸省や防衛庁、政府、アメリカ、ボーイングの間でどのような工作や駆け引きがあったのか。123便の真実は何も明らかにされていない。この事故について、僕らは何も知ってはいないのだ。この欠落をそのままにしていていいのだろうか。そのことを何度もこの本は読むものに問いかけている。そして、事故の再調査が必要であることは明らかだ。

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# by bar_madrid | 2007-02-28 06:08 | 多事騒論

BAR<flask>

最近は帰宅が深夜になることが多い。趣味の居酒屋探検だの、バル巡りなどということができずにかなり欲求不満気味ではある。先日も少し早めに仕事が終わったので、夜の街に後輩と共に繰り出した。西麻布近辺にはいわくありげな店が多い。ま、どっか気取った、お高くとまった店ともいうが。最近、この周辺に<flask>というバーがオープンした。<ケセラ>という白金の店でバーテンダーをしていたエノチンが出した店。ケセラからは、いっさくさんが別れて、<アダン><タヒチ><オハナ ギャラリー>などの実に居心地のいい店をつくっていった。最近は賢さんもそこに合流。そうそう忘れてはいけない、<タヒチ>にはタケちゃんもいる。僕的にはここも深夜に落ち着いて飲める貴重な店。昔(って語るほど僕も年とったのか?)、<ケセラ>は面白い店だった。というかこの店に集まる客が面白かった。僕はこの店のオーナーの会社の社員だったのだけど、この店でどれだけ多くの人と酒を飲み、語り合ったものか。そんな<ケセラ>もスタッフが変わり、今や昔の面影は無いのかもしれない。あの店の独特の雰囲気、空気はスタッフとお客たちが、長い年月をかけて熟成していったものだからだ。残念だけど、それは仕方ないことだ。店も生き物であり、宿命というか盛衰があるものだ。だけど、<ケセラ>にいたスタッフがつくった店には、あの当時の<ケセラ>の遺伝子が確かに伝わっているワケでそこにエノチンの店が新たに加わったのはうれしいこと。木の重厚なカウンターがいい香りを運んでくれるこの店には、ゆるやかで心地いい空気が流れている。とても気持ちのいい店。夏には、エノチン特製の「すいかラム」が飲めるだろう。これが楽しみだ。今、この「美しい」日本で生きていくってのは、みんななかなか大変だ。せめて、旨い酒を飲んでリラックスするってのは、案外大切なことかもしれない、よね。

BAR<flask>
港区南麻布5-2-9 南麻布内田ビルB1
19:00〜3:00
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# by bar_madrid | 2007-02-25 05:37 | 酒場巡礼

臓器売買とフィリピン。

「外国人への臓器提供の法整備を検討 」
保健省は6日、外国人への臓器提供に関する法整備に向けて協議を始めることを明らかにした。現在フィリピンには外国人への臓器提供に関する明確な規則がなく、腎臓などの臓器売買が闇市場で多く行われている。保健省次官が報じた内容では、フィリピンでは特に腎臓を提供する貧困層が多数おり、臓器売買が大きなビジネスになっている。フィリピン大学が最近実施した調査では、マニラのあるスラム街では3,000人の男女が7万ペソから12万ペソで腎臓を売ったという。政府は今週末から、臓器の闇取引取り締まりについて専門家と協議を開始する。政府は、腎臓を入手するプロセスを取り締まる方法を検討している。


昨日、NHKのニュースでもやっていたが、フィリピンで臓器売買がなんの規制もないまま、ビジネスとして、特に貧困層に広がっている。今のままでは仲介業者やブローカーはもうけて、貧しい者が追いつめられて臓器まで奪い取られていくという構図。日本人もフィリピンで臓器を買い、手術をしているらしい。当人にとっては切実な問題だが、このままでいいのか?という気もする。もはや自分の臓器すら貧者には、所有する権利はないのか。法が整備されてもフィリピン社会ではその有効性は疑問だ。臓器提供を受ける先進国の間での協議が必要なのは言うまでもない。日本人がフィリピン人の臓器を買いあさる姿ってのは、あまりにグロテスクだと思う。
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# by bar_madrid | 2007-02-12 11:47 | パロパロ!フィリピン
広告制作を生業にしている身である、自分としては、なかなか読むのがしんどい記事が「週刊現代」2/24号に載っていた。ジャーナリストの魚住昭氏の「裁判員制度タウンミーティングは最高裁と新聞メディアと電通のやらせだ」という緊急寄稿記事。裁判員制度のPRに、電通と共同通信と地方紙連合が、パブ記事をなんの注釈もなく、一般の記事のように掲載していたというもの。記事を装った広告、つまりまやかしのやらせ記事ということ。そこには媒体費をめぐってさまざまな組織の思惑がからんでいる。こうして国民が主体的にこの制度について考える機会が奪われて、国家的な洗脳が行われているということだろう。思うのだが、広告は、それ自体が毒の部分をもっている。それはそれ自体が一方的にメッセージを送り、見る人を刺激することを第一につくられるからだ。広告はそのままでは一種の暴力装置に簡単に姿を変える。そこにはなんらかの歯止めというか、フィルターが必要になっていく。クルマにおけるブレーキの役目のようなものかもしれない。広告は本来暴走する性格があるのだから。そのことを広告に携わる人間はどこかで意識していかないといけない。ひたすらアクセルばかりふかしていては、それは見るひとにとっての利益にはならない。国がクライアントなら、それはよほどの注意と批判意識をもたなくてはならない。その毒が全身にまわる前に。経済原則が優先される広告の世界で、広告をつくる者はその権力というかパワーポリティクスの毒を解毒すること、はぐらかすこと、すりぬけることが必要だ。第3者の眼でそれを見つめ中和する。それをしないでただ一方的なメッセージを垂れ流すのなら、それは余りに悲惨だ。そしてこの国が劇薬だらけの苛烈な社会になってしまうかもしれない。そうならないことを祈るだけだ。
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# by bar_madrid | 2007-02-12 07:46 | 多事騒論